マヤ最大の遺跡『エル・ミラドール』にある世界最大のピラミッドを目指し、グアテマラのジャングルを徒歩で100km

マヤ最大の遺跡『エル・ミラドール』にある世界最大のピラミッドを目指し、グアテマラのジャングルを徒歩で100km

El Mirador

じっとりとしたジャングル、じわりと吹き出る汗が止まらない
足のまめは潰れ、むき出しの新しい皮膚に激痛が走る
くるぶしまでズッポリと泥に埋まる湿地帯
耳元でブンブンと蚊が飛び回り、動きを止めると数十匹の蚊が一斉に襲いかかって来る

一歩、一歩が重たく、すでに膝が痛い
次第に無くなる足の感覚、まるで義足で歩いているようだ
俺たちの行く手を阻むのは泥沼と膝上までもの深さのある池
今にも折れそうな俺の心

文明の届かないジャングルの奥深くへ一歩、また一歩と無理をして進んで行く
グアテマラのジャングルは予想をはるかに超えて厳しかった

エル・ミラドール (El Mirador)

エル・ミラドールとは、グアテマラ、ペテン県北端でメキシコとの国境付近のジャングルの中にあるマヤ文明最大の遺跡で、世界最大のピラミッド「ラ・ダンタ」がある。この遺跡へのアクセスは困難を極め、文明の届かないジャングルの中を丸2日間歩き続けなければ辿り着く事が出来ない。

この遺跡が最初に発見されたのは、1926年だが1962年にイアン・グラハムが地図を作成するまではジャングルの奥深くにあったためにほとんど注目される事はなかった。しかし、発掘が進むにつれティカル(グアテマラ)やカラクムル(メキシコ)などの古典期前期 (250年~600年)に作られたものではなく、先古典期後期 (前400年~後250年)に作られたものだと言う事がわかり、マヤ文明発祥の地ではないかと考えられるようになった。

グアテマラの世界遺産でもっとも見応えのあるマヤ遺跡のうちのひとつティカル遺跡。この遺跡の最盛期は8世紀頃で、人口が6万人程度だった事を考えると紀元前3世紀ごろに既にティカルよりも大きなピラミッドを建て、人口も8万人〜20万を超える大都市を形成していた事はかなりの衝撃的な発見だった。これはテオティワカンの最盛期の人口を上回る人口で、まさしくマヤ文明発祥の地と言っても過言では無さそうだ。

これは俺の個人的な見解なのだが、エル・ミラドール衰退後、南に向かったマヤの人々がティカルを作り、北に向かった人々がカラクムル(メキシコ)を作ったのではないか?そして、後の時代にお互いに繁栄を競い合い、更にキリグアコパンなどまで広がっていった。

メキシコの人類学博物館に魅了されて以来、中米の文化の発祥を調べれば調べるほどひとつの大きな疑問が浮かび上がってくる。

紀元前1200年〜400年ごろに栄え中米の文化の礎となったと言われるオルメカ文明の完成度の高い出土品、後のマヤ文明の最盛期(西暦8世紀頃)を上回る大都市を築いた初期のマヤ文明エル・ミラドール、アステカの人々が神々がすんでいた場所と崇めたテオ・ティワカン遺跡。普通、文明と言うのは徐々に繁栄していき、年代を重ねれば重ねるほど文化が進み進化していくのではないか?

しかし、中米の文化は何故か逆に古い文明の方が進んでいたのではないかと言う疑問が、調べれば調べるほど出てきてしまう。実に不思議で謎めいている、そして俺はそんな謎めいた中米の文化にものすごく興味を引かれるのだった。

エル・ミラドールを目指してグアテマラの奥地にあるジャングルをトレッキング

11月8日

フローレスの旅行代理店で申し込んだ4泊5日のジャングルトレッキングツアーで、伝説のマヤ遺跡、エル・ミラドールを目指す事にした。料金は全て込みで1500ケツァール(約US200ドル)。朝5時に迎えのバンが来る予定だったのだがバンが故障してしまったため、急遽、ローカルバスで、車で行ける最後の村カルメリータまで行くこととなった。

こんな山道、バスで通れるのかよと思うくらいジャングルな道を俺たちを乗せたバスは行く。意外な事にかなりの乗客が乗っており、ジャングルの奥深くまで村があるようだ。

カルメリータ

12時過ぎにフローレスを出てカルメリータに着いたのはなんと夕方の5時半、思った以上にローカルバスは遅くて大変だった。その為、この日はカルメリータに宿泊。4泊5日のジャングルトレッキングツアーは、急遽5泊6日に変更となった。もちろん、宿泊費や食費、バス代などの追加料金は掛からないが、一日分スタートが遅れた。ちなみに、専用の車だとフローレスから2時間半〜3時間程度で行くことが出来る。

エル・ミラドールまでの道のり

俺たちが辿ったエル・ミラドールまでのジャングルトレッキング5泊6日の全日程。総距離は約100km。

11月9日 
ジャングルトレッキング1日目

朝8時半ごろにカルメリータを出発してフロリダと言う遺跡のベースキャンプで昼食をとりティンタール遺跡のベースキャンプに宿泊する予定で、全行程で17km程度。登山ではないので登り下りはほとんどない。

ニュージーランドのトンガリロ国立公園で、ロードオブザリングに出てきそうな恐ろしい山を登り、ヘロヘロになりながら歩き続けた18km、空気の薄い標高3000m〜4000mの山々を縦走したエチオピアのシミエン国立公園、これらに比べればはっきり言って余裕だなと思っていた。本物の熱帯雨林のジャングルと言うやつをなめていた。

ジャングルトレッキング

エル・ミラドールまでの道中は困難を極め、くるぶしまでズッポリと埋まってしまうような粘土の道が俺たちの行く手を阻む。まるで藤原宏の探検隊のようだ。

ジャングルトレッキング

旅行代理店のおっさんの言う通りに長靴を購入していなかったら、あっという間に足が泥まみれになってしまっていた。俺たちと一緒のツアーで行くことになったフィンランド人夫妻は、トレラン用のシューズのみという軽装で、あっという間に足がぐちょぐちょの泥まみれになってしまっていた。

これだから欧米人は・・・

俺たち日本人は足が泥まみれになる事を嫌う。あんなぐちょぐちょの泥まみれの状態で8時間とか歩きたくない。慎重に足場を選び、長靴に泥水が浸水しないように細心の注意を払って歩き続けた。これが幸して足がぐちょぐちょの泥まみれになる事はなかったが数時間もしない内に慣れない長靴で靴擦れを起こした俺の足は、水マメだらけになってしまった。右くるぶしのマメは破け、一歩、一歩に激痛が走る。

ジャングルトレッキング

慣れない泥沼の道、マメが潰れて痛い右足をかばいながら何とか泥の道を歩いた。最初の休憩地フロリダまでの道中は困難を極め、予想をはるかに越えてキツかった。俺はフロリダに着く頃には既に右足の負傷をかばって歩いていた左足の膝が痛くなっていた。この状態で、この日の全行程の半分しか終わっていない。

ランチ

文明のおよばないジャングルの奥地にもベースキャンプがあり、ガイドのアニバルが料理を作ってくれる。右の写真はグアテマラの主食のひとつフリーフォーレス(砂糖の入っていないあんこ)と揚げバナナと目玉焼き。全然期待していなかったがアニバルの作る料理は意外と美味かった。

お昼休憩を終えたあとの道もまた酷かった、永遠につづくのかと思われる泥の道が容赦なく俺の足を痛めつける。皮の剥けたむき出しの皮膚に激痛が走る、一歩、また一歩と歩く度に膝が痛い。遅れる速度、次第に足の感覚が無くなっていく。膝から下がまともに動かない、股関節だけが、かろうじて動いて一歩、一歩と進んでいるが、泥まみれの長靴は思うように動かない。

満身創痍の身体にムチを打ち、また一歩と進むが、既に足の限界を超えている。この疲労感はエチオピアのシミエン国立公園で、4000m級の山々を縦走した時よりもキツい。残りの工程は、あと1時間。全ての事がどうでもよくなって、ただ、ただ、動かない足を無理やり動かしていた。

ミュール

みんなからは、かなり遅れて一歩、一歩ちいさなステップで歩いていた。ガイドのアニバルがミュール(馬とロバの子供)に乗れと言う。いや、俺はまだ歩けると言ったのだが、アニバルは明日もあるんだぞと言う。その通りだった、もはや俺は明日の事など考えずに歩いていた。このまま歩き続ければティンタールまで辿り着けただろうが翌日にはまるで歩けなくなっていたかもしれない。俺はアニバルに従って最後の一時間ほどミュールの背中に乗って移動する事にした。

この日はたかだか17kmか18kmくらいの道のりだったはずだが、朝8時半に出て、目的地のティンタールに辿り着いたのは夕方の5時半頃だった。まさか、一日目からして歩ききれないとは思いもよらなかった。

なんてこったい・・・

長靴を脱ぐといくつかのマメが潰れてぐちょぐちょになっていた。長靴は失敗だったかもしれない、俺の普段はいている靴ならば泥だらけでぐちょぐちょになったかもしれないが、どんなに歩こうともマメが出来る事はなかったはずだ。

一緒に行ったフィンランド人の夫妻の装備は理にかなっていた。彼らは何度かジャングルトレッキングを経験しており、装備も極小で洗練されていた。ぐちょぐちょになっても良い移動用の乾きやすいスポーツTシャツとスパッツのようなジャージを1セットとベースキャンプでくつろぐ用の着替えを数セット、ベースキャンプ用のサンダル。移動用のトレランシューズは常にぐちょぐちょだが気持ち悪い事を我慢すれば、長靴よりも移動は、はるかに楽だ。

次回からは彼らの装備を見習って俺たちももう少し洗練させた装備にした方が良い。俺らの装備はどちらかと言うとやや登山よりで、全くジャングルに適していなかった。マリちゃんは平気だったみたいだが俺は長靴で長時間歩けなかった、あっという間に足にマメが10個くらい出来てしまった。そして、この日の負傷は残りの全日程にひびく事となる。

ティンタールの夕陽

ティンタールのビューポイントから眺める夕陽。ちなみに俺はティンタールに着いた時点で足が痛過ぎて一歩も動きたくなく、この夕陽を見に行けなかった。マリちゃんが撮影。

11月10日 
ジャングルトレッキング2日目

テントの中で目覚めると体中が痛い。特に足は重傷で、膝は相変わらず痛く、起き上がる事すら困難だった。この日の日程は26kmだか27kmほど歩いて一気に目的地であるエル・ミラドールを目指す。俺は、前日よりも長い距離を歩けるのだろうか?

リタイヤと言う言葉が頭をよぎる。

昨日以上に歩くなんて無理だ、ここティンタールにとどまってティンタール遺跡でも見学するか?エル・ミラドールも世界遺産では無いし、もうこの際、ティンタールもグアテマラのジャングルの奥深くにある秘境だろ?

体力はともかく足が4割も回復していない、相変わらず膝は痛いままだ。はじめっから負傷した状態で26kmとか歩けるものなのだろうか?しかも行ったら行ったで自力で帰ってこなければならない。俺はもうダメかもしれない。

昨日、ミュールに乗るタイミングを完全に間違えた。もっと早い段階でミュールのお世話になっておくべきだった。4泊5日ものジャングルトレッキングの初日で限界まで歩いてはダメだった。翌日以降の足の調子まで計算に入れて歩かなければダメだった。

しかし、朝食をすませた頃には何とか足も馴染んできて、多少は歩けるようになってきた。これなら多少は歩けそうだ。今更引き返すわけにはいかない、やれるだけやっちまえ!

ジャングルトレッキング

マリちゃんのズボンも既にドロドロ。

この日の移動距離は長いが道は前日よりも格段に良くて大半の道はわりと歩きやすい。ドロドロの道も多々あるが昨日の様にくるぶしまで埋まってしまうほどの泥道はあまりなかった。靴も履き慣れたKEENのトレッキングシューズに履き替えたので、足の痛みは大分マシになった。

しかし、いくら道が良くなったとは言え、相変わらずジャングルな事には変わりなく、大きな水たまりや、湿地帯、沼、と数々の難所が俺たちの行くては阻む。このKEENの靴だけは濡らしたくない、もし、これを濡らしてしまったら残りの工程、全てぐちょぐちょの靴で過ごさなければならなくなってしまう。それは嫌だ。

ジャングルに居た毒ヘビ

ジャングルには毒ヘビもいる。

エル・ミラドールまでの道のり

時には倒木を橋代わりにして大きな水たまりを越え、時には木につかまりながら粘土の沼地を避け、まるでアスレチックの様に水たまりを回避しながらジャングルを進まなければならなかった。子供の頃からアスレチックが大好きな俺にはたまらない環境なのだが、如何せん足が痛い、膝が痛い、前日の疲労が全然回復していない為に、足がまともに上がらない。この状態でこなすアスレチックは苦痛以外のなにものでもなく、ただただ辛いだけだった。

出発したての頃は何とか歩ける状態であったが、アスレチックをひとつ越えるごとに疲労は昨日の状態に戻り、あっという間に足が上がらなくなってしまった。倒木をまたぐだけでも気合いを入れて足をあげないとまたげない有様だった。

エル・ミラドール

それでも道は前日よりも格段に良く、普通に高尾山を歩いているのと変わらない位に余裕な道もある。距離的には格段に長いがはっきり言って昨日の泥の道よりも格段に楽だった。

しかし、みんなからは俺ひとり、遅れていく。上がらない足を引きずりながら半歩、半歩、小さなステップで足の負担を最小限にとどめながら進んでいく。ガイドのアニバルがミュールに乗れと言う。ありがたいのだがミュールに乗ったら乗ったでケツが痛い。前日に一時間もミュールに乗っていたので、この日は10分もミュールに乗っているとケツが痛くて耐えられなくなってしまう。だから歩き疲れたらちょっとだけミュールに乗って、すこし足を休めたらまた歩き出すと言う感じでこの日は進む事にした。

ミュールの乗り心地はケツが痛い意外にはとても快適で、視点が高くなるからジャングルの中をミュールで進む時の気分はまるで『もののけ姫』のアシタカのようだった。これはこれでとても良い。だけどもケツがとても痛い。

ジャングルトレッキングの2日目は長い道のりだったけれども前日に比べれば楽勝だった。ただし、前日の疲れがまるまる残った状態でスタートした俺には苦痛以外のなにものでもなかった。普通に考えればトンガリロのトレッキングコースを終えた翌日に26kmも歩くなんて考えたくもない状況だ。

エル・ミラドール

それでも俺たちには前に進むしか選択肢がない。気合いで歩き続けると何とかエル・ミラドール遺跡のはじっこに辿り着いた。2000年以上の月日が石造りの遺跡と土と木とをミックスさせ、まるでカンボジアのアンコールワットの様に同化させている。

マヤ遺跡の内部

この遺跡は中に入る事も出来き、遺跡の内部を探索。はっきり言って内部はめちゃくちゃ狭い、少しひんやりとしてはいるが湿度の高い空気、真っ暗闇の中をうごめくクモ、圧迫感のある石造り。このとき俺は確信した、俺は狭いところが好きじゃない、じゃっかん閉所恐怖症気味だ。あまりにも居心地が悪かったのですぐに出た。

エル・ミラドール

取り合えずエル・ミラドールまで辿り着いた事を祝ってみんなで記念撮影をパシャリ。ここから今夜のベースキャンプまではあと少しの道のりだ。

KEENの靴も濡らさずに何とかエル・ミラドールのベースキャンプ目前までやってきたところで、激しい大雨に襲われた。熱帯雨林なので毎日のように雨が降ったりしているのだが、そんなに激しい雨は降らず、どちらかと言えばレインウェアさえ着ていれば蒸し暑いだけですむ。しかし、この日の雨はとても激しくて、まるで天然のシャワーのようだった。

この雨は、あれだけ苦労してアスレチックのような沼地を回避して守り通したKEENの靴を容赦なく水びだしにしてくれた。マジでぐっちょぐちょ。

ジャングルの掟はマジで厳しい。まるで、靴を濡らさないでやり過ごそうなんて甘い考えは捨てろと言っているかのようだった。

俺はただただ、森の掟に従うしかなかった。

靴と一緒にぐちょぐちょに汚れていたズボンとTシャツを雨水で洗濯した。ある意味、2日ぶりのシャワーだったので汗ばんだ身体も幾分、すっきりとした。

11月11日 
マヤ最大の遺跡、エル・ミラドール 3日目

テントの中で目覚めると全身が信じられないくらいに痛い。足を曲げたりのばしたりするだけで痛い。2日間の無理がたたって疲労はピークに達していた。今日と言う今日はマジで無理、もうまともに歩けない。

30分くらい身体をほぐしてかテントから出て朝食をとった。この日の日程は伝説のマヤ遺跡、エル・ミラドールの観光のみと言うサービスデイ。そうは言ってもとても大きな遺跡なのでなんだかんだ10kmくらいは歩いたかもしれない。正直なところ、テントを一歩も出たくなかったのだけれどもこの遺跡を見る為にわざわざジャングルの中を2日も掛けて50kmくらい歩いてきたのだから遺跡に行かないと言う選択肢はない。

限界に限界を重ねた身体にムチを打ってとぼとぼと遺跡まで歩いていく。

世界最大のピラミッド La Danta

世界最大のピラミッド La Danta
エル・ミラドールと言えばLa Dantaと言っても過言ではないくらいの見所で、土台を合わせると世界最大のピラミッドとなっている。

世界最大のピラミッド La Danta

普通に山を登っている風景だが実はこれは全てピラミッドの土台部分。普通に裏山とか呼ばれている小山くらいありそうな規模の大きさで、2000年以上の月日が泥をかぶせ、木を生やさせ、完全にただの山にしてしまった。

世界最大のピラミッド La Danta

この山を登りきると見えてくるのが一番上にある神殿で、世界最大のピラミッド La Danta。この部分だけ発掘作業が大体完了しており、石が見えている。ただ、2000年以上の年月によりピラミッドからはにょきにょきと木が生えており、ラピュタ感が半端じゃない。

世界最大のピラミッド La Danta、iPhoneで撮影。
しかし、この時にiPhoneの調子がおかしい事に気がつく、ホームボタンが一切効かなくなってしまったのだ!
なんてこった!iPhone!
恐らく前日の大雨で少し濡れてしまったのだろう。

しかし、この深い、ジャングルの中ではiPhoneの事など些細な事だった。NETがない世界では、ちょっと写真撮ったり、時計を見たりするくらいしか使わなかった。でも、帰りに近づくにつれてだんだん、iPhoneが使えなくなってしまった事を後悔しまくるんだけどね・・・

世界最大のピラミッド La Danta

このピラミッドの裏手にまわると木造の階段があり、ピラミッドの頂上まで行く事が出来るようになっている。俺は足が痛くてそれどころじゃなかったけれども、マジでラピュタを探検しているみたいな気分。

エル・ミラドールから見下ろす森の海

ピラミッドの頂上まで登ると360度、何処を見渡しても森の海が広がっていた。見渡す限り山などは無く、森の地平線を見る事が出来る。まさに絶景で、この景色を見る為にわざわざここまで歩いてきたと言っても過言ではない。

エル・ミラドールとはスペイン語で『見晴し台』と言う意味で、まさにこの風景を見た者が名づけた名前だと言う事が良くわかる。

エル・ミラドールの頂上

一緒にここまで歩いてきたフィンランド人のエリッサ

エル・ミラドールの頂上

同じくフィンランド人のヨッセ
二人とも典型的な欧米人の明るくていい奴の特徴を兼ね備えている。この旅では沢山のツアーに参加したし、沢山の欧米人と仲良くなったが、ほとんど嫌なやつには出会わなかった。俺たちは運良く、陽気で気のいい奴にしか出会わない。

俺は旅に出たからと言ってわざわざ現地の人とのふれあいを求めたり、旅人同士で仲良くしたいと言う気持ちはまるでないけれど、偶然、出会った人との繋がりは大切にしたいと思っている。

エル・ミラドール

その他にも沢山の遺跡がこの森の中にひっそりと埋まっている。エル・ミラドール自体がまだまだ未発掘で、ガイドのアニバルによるとあの小山もピラミッドだよ、みたいな感じでそこら辺を掘れば遺跡が出て来るという具合だ。

ジャガー神殿

ジャガー神殿

ジャガー神殿

相変わらず土台は既に山となっている。エル・ミラドールの遺跡見学はほとんど山登り状態で、俺の傷ついた足での観光はかなり大変だった。しかし、泥沼を歩かなくて良いので、前日までの工程に比べればお遊びみたいなもんだった。

ジャガー神殿

一番上の神殿部分だけ発掘が終わっており、かなり復元されている。しかし、これはこれでディズニーランドとかにありそうな模型に見えてしまってイマイチ、テンションが上がらない。ほぼ山と化してしまった遺跡の方が2000年の月日が感じられ、なおかつラピュタ感も満載で、わざわざジャングルの中をやってきたぜ!と言う気持ちになる。

ジャガー神殿

神殿の両脇にあるちょっとした建物は、もう木とかが生えちゃっていて完全にラピュタ。

この近辺より発掘されたチカネル土器により、この神殿が紀元前2世紀頃には既に作られていた事がわかり、学者たちを驚愕させた。これによってマヤ文明のルーツはもしかしたらエル・ミラドールなのではないかと言う事が考えられ始めるようになった。

POPOL VUH  水路の創世神話

ここはどう見ても入っちゃだめそうな場所なのだけれども、ガイドのアニバルが柵を開けてくた。え?いいの? とか思ったけれども郷に入れば郷にしたがえだ!

ポポル・ヴフ POPOL VUH

これは有名な水路に描かれたと言うポポル・ヴフ(POPOL VUH) で、マヤ創世神話が描写された最古のものとされている。

エル・ミラドール

エル・ミラドールの遺跡見学はマジでほぼ登山。この山も例によってピラミッドで登るとなかなかの風景を見る事が出来る。

ピラミッドの頂上

一体、いくつのピラミデス(スペイン語)を登ったのだろうか?
登りは良いのだけれども、痛めた膝で降りる時が地味にキツい。

エル・ミラドール

エル・ミラドール遺跡は深い森の中にあり、足下もぬかるんでいないのでとても雰囲気が良くて気持ちがよい。ただ、ピラミデスがイチイチ山登り状態なので俺の負傷した足では結構キツかった。

エル・ティグレ

エル・ティグレ(EL TIGRE)
エル・ティグレとはトラの意味で、人間や動物を生贄として捧げる祭壇として使われてきたと考えられている。

エル・ティグレ(EL TIGRE)

例によって土台は既に山と化しており、山登りアゲイン。大した山じゃないのだけれども何度もこう言うのを登るとさすがにキツい。

エル・ティグレ(EL TIGRE)

山を登りきると、がーん、シートに覆われていて何も見えない・・・
ガイドのアニバルが大丈夫だ、これも登るんだと言う。

また、この山の上にある山を登るのか
もう既に遺跡と言うか山登りだ。

エル・ティグレ(EL TIGRE)

そして山頂、じゃ無くてピラミッドの頂上から見渡す風景は相変わらず素晴らしい。流石はエル・ミラドール(見晴し台)とはよく言ったもんだ。遠くに見える森の中にちょんと出ている山のような場所は午前中に行ったラ・ダンタ神殿で、東西に向き合って建てられているそうだ。

エル・ミラドール

うーん、絶景、絶景

エル・ティグレ(EL TIGRE)

この日はエル・ティグレ(EL TIGRE)でサンセットを見る事に。

エル・ティグレ(EL TIGRE)から眺めるサンセット

何処までもつづく森の地平線。見晴らしの良いピラミッドの上から美しく沈む夕陽を眺める。なんか、久し振りに優雅に夕陽を眺めている気がした。ここ数日、歩き疲れて全く夕陽なんて見ている余裕はなかったからな〜

11月12日 
ジャングルトレッキング 4日目

朝、目覚めると今までにないくらいに身体の調子が良い、7割は回復している。前日はエル・ミラドール見学だけだったので身体が大分休まったのだ。

しかし、この日の移動は過酷を極めた。このエルミラドールから初日にお昼を食べたフロリダまで一気に戻ると言う常軌を逸した鬼ルートで、あれだけ苦労した2日分の道のりの内、1.5日分を一気に戻ってしまうと言う予定だった。

優しさがないにも程がある。

俺は覚悟を決めて、前日、履きながら乾かしたKEENのトレッキングシューズを履き、気合いを入れて出発した。幸いな事に足の調子はかなり良くなっていた。これなら歩ける!

エル・ミラドールへの悪路

しかし、前々日の大雨によって、帰りの道の過酷さは、行きを上回る悪路となっていた。

なんなんだこの沼は・・・
来る時よりも明らかに酷くなっている。

エル・ミラドールへの悪路

もはや、濡れる事を回避出来る状態ではなく、前日にあれだけ苦労して乾かしたKEENの靴は速攻でビショビショになってしまった。

KEENの靴

ぐちょぐちょの靴で10時間とか歩く事を考えると憂鬱で仕方が無いけれども、もうどうする事も出来ない。開き直って泥沼の中をばしゃばしゃと歩き続けた。泥沼の中を歩く事は想像以上に不快で、靴の中に入ってきた泥で滑って負傷している足がめちゃくちゃ痛む。

最終的に俺は、この冒険でマメが10個くらいと足の爪、一本を失った。

まぁ足の爪の一本くらいは、どうと言う事は無い。俺の尊敬する山岳冒険家の山野井さんはギャチュンカンで手と足の指を何本も失っている。それに比べたら足の爪を失ったり、足にマメが出来たりする事はどうでもいいのだが、その状態でぐっちょぐちょの泥まみれになって歩くのはなんとも気分が悪い。クソ痛い上に、ばい菌が足から入ってくるのじゃないかと気が気じゃない。

しかし、他には何も選択肢がないのがジャングルだ。ただ歩くしかない。

一日目、二日目とまともに歩ききれなかった道のりを1.5日分も一気に歩かないと行けない。それでも、足の調子は大分、復活していたので一日分のエルミラドールからティンタールまでの27kmくらいの道のりは、まだ余裕があった。

しかし、本当の地獄は最後のティンタールからフロリダまでの8kmくらいの道のりだった。この道のりは困難を極め、来た時よりも更に悪路になっており、酷い時には膝上まである沼地をドロドロになりながら進まねばならなかった。

このジャングルの不快指数は200%を越える。
湿度が高く、汗がじんわりと吹き出る。
立ち止まったとたんに蚊に囲まれ、襲われる。
靴は常にドロドロのぐちょぐちょで気持ちが悪い。
足の皮が剥け歩く度に痛む。
膝は痛く、疲れきった足はまるで義足のようだった。

早くフロリダまで辿り着かなければ日が暮れてしまう、毒ヘビが活発になる暗闇のジャングルを歩くなんて考えたくもない、急がなければならない、痛む足、動かない足を引きずって、くるぶしまで埋まってしまう泥沼の道を一歩、一歩すすんでいく。

マジで辛い、ただただ辛い意外に感想はない。

それでも気合いで歩き通した。それしか選択肢がなかった。今にも倒れそうな状態でフロリダに辿り着いたのは日が暮れる直前だった。あとは翌日に、半日分の道を歩いて帰るだけだ、何とか文明のある場所まで戻れそうだった。

11月13日 
ジャングルトレッキング 5日目

最終日、朝起きると足の状態は最悪だった。
同然だ、前日に相当無理をしている。しかし、この日の日程はわずか4時間程度歩いてカルメリータまで戻るだけだ、たったそれだけだ。俺ならやれるはず!

朝食をすませ、いざ出発すると、両足首の付け根に激痛が走った。前日にドロドロの靴で、靴の中で滑って靴ひもを留めている場所と足首がぶつかって痛めつけた場所が痛む。昨日はかなりアドレナリンが出ていたので歩けたのだろうけれども改めて歩くとかなり痛む。

いきなり、みんなから遅れをとるが、また気合いを入れてアドレナリンを出しまくるしか方法がない。大丈夫、今日は最後の日なのでこのあと、数日、歩けなくなろうと構う事はない。明日の事なんか考えないで、アドレナリンをドバドバ出して歩けばいいだけだ。

フロリダからカルメリータへの道のりは相変わらずキツかった。2日前の大雨の影響もあり、来た時よりも道は悪かった。

ぐちょぐちょの泥まみれになって不快感極まる靴、足首までズッポリと埋まってしまう泥沼の道を痛い足で一歩、一歩すすむ。たった4時間程度の道のりのはずなのにかなりキツい。はっきり言ってカルメリータからティンタールまでの道のりが泥沼の悪路で一番キツい。ティンタールからエル・ミラドールまでの道のりはいくら27kmとかあろうとも道がそこまで悪くないので、そんなに辛くは無い。

もし、このツアーに参加するのであれば2月〜5月ごろが乾期にあたるので、4月位が一番いいのではないかと思う。はっきり言って、道さえドロドロでなかったらほぼ平地なので100kmくらいの道のりは余裕だと思う。

初めてのジャングルでドロドロの悪路に苦戦したエル・ミラドールまでの道のりは、ただただ辛かった。

やはり、初日に負傷した足を5日間、まるまる引きずったのが原因だと思う。次回、ジャングルに挑む時には履きならしたジャングルブーツを持っていきたいと切に思った。

満身創痍の身体にむち打って、ジャングルを歩き続けると遠くから車のエンジン音や子供たちの笑い声が聞こえてきた。5日ぶりに聞く車のエンジン音はまさに文明の音だった。

ようやく帰ってきたんだ!
今にも動かなくなりそうだった足が、フワッと軽くなった気がした。

俺が旅に履いていっている靴はKEENのこの靴。防水で履きやすい。本格的なトレッキングには少し物足りないが町歩きの多くなる長期旅行に持っていくには無難な一足だと思う。長靴はマジでダメだ・・・

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公開日: : 最終更新日:2016/12/08 グアテマラ

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