本願寺(西本願寺)| 世界遺産『古都京都の文化財』その6

西本願寺 世界遺産

本願寺と言えばKOEIのゲーム『信長の野望』。実は本願寺は戦国時代最大の宗教的武装勢力で1570年に織田信長と石山合戦(いしやまがっせん)して破れる事になる。この石山合戦がおこなわれたのは当時、本願寺の本山で現在、大阪城がある場所。

時は流れ豊臣秀吉の時代になり本願寺派は京都で再興を許された。更に時は流れ、徳川家康の宗教政策によって、(当時、本願寺内で分裂状態が起きていたことを利用されて)本願寺のすぐ東の土地を与えられて本願寺を分立し、立地関係から西本願寺と東本願寺という通称が付けられるようになった。

そして1994年に西本願寺は『古都京都の文化財』として世界遺産に登録された。

西本願寺

本願寺

本願寺(ほんがんじ)は、浄土真宗本願寺派の本山で、その所在置から、西本願寺ともいわれている。正式名称は「龍谷山 本願寺」、宗教法人としての名称は「本願寺」。境内は国の史跡に指定されていて「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている。『書院』、『黒書院及び伝廊』、『北能舞台』、『飛雲閣』、『唐門』の建物が国宝に指定されている。

住所:京都市下京区堀川通花屋町下ル
拝観料は無料で境内、御影堂、阿弥陀堂には自由に入ることが出来る。
電車:京都駅より徒歩約10分
バス:『西本願寺前』

本願寺(西本願寺)の公式サイト
http://www.hongwanji.or.jp/

御影堂 本願寺の重要文化財

本願寺の御影堂

1636年に建立された御影堂には親鸞聖人の木像、本願寺歴代門主の御影を安置されている。

本願寺の御影堂の中

御影堂の中も写真撮影出来た。

本願寺の御影堂

本願寺は今までのお寺とちょっと違って拝観も自由だし写真撮影も自由に出来たのですごく楽しかった。夕方のだだっ広い構内は物凄く雰囲気が良く縁側に座り休んでいると涼しくて気持ちの良い風が吹いていた。

阿弥陀堂(本堂) 本願寺の重要文化財

本願寺の阿弥陀堂

1760に再建された本堂で阿弥陀如来の木像、インド・中国・日本の念仏の祖師七師と聖徳太子の影像が安置されている。

縁側と廊下の埋め木

ひょうたんの埋め木

御影堂・阿弥陀堂の縁側や廊下には動物や植物、モノをかたどり、木によって節穴や亀裂が埋められている。当時の大工さん達の粋な気遣いを見る事が出来る。

本願寺の廊下

御影堂と阿弥陀堂をつなぐ廊下。

本願寺の造形

廊下には木で作られた像の彫刻。かなりクオリティが高い。

手水舎の水口

本願寺の水口

本願寺の手水舎の水口はオーソドックスな龍だった。

本願寺と僧兵と戦国時代

日本の古代後期から近世初頭にかけて存在した僧形の武者を僧兵と呼び、有名なところでは『平家物語』の武蔵坊弁慶や『バガボンド』で有名な宝蔵院流槍術の開祖・胤栄などが居た。

実は世界遺産に登録されているような社寺は当時、結構な武力を持っていて平安時代末期には強大な武力集団となっていた。また、寺社同士の抗争も激しくて焼き討ちなども行われたそうだ。ちなみに神社に所属する武装集団を神人(じにん)と言う。

戦国時代の有力僧兵団には奈良の『興福寺』や京都の『延暦寺』、日光の社寺の『日光山輪王寺』、「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産の一つ『富士山本宮浅間大社』、『厳島神社』などの世界遺産に登録されている社寺が含まれている。

特に勢力の強かった興福寺(南都)は衆徒は奈良法師、延暦寺(北嶺)は山法師と呼ばれた。

中でも先日行った世界遺産『興福寺』に宝蔵院流槍術の開祖・胤栄が居たのは驚きだった。バガボンドを読み直さなくては!もし、知っていれば興福寺を10倍は楽しめただろうと思う。ちなみに興福寺は戦国時代、織田信長と同盟を結びながら、勢力を維持し続けたそうだ。

漫画やゲーム等で得た知識から歴史、世界遺産に繋がっていくのは実に面白い。欲を言えば中学生頃にもう少し歴史の勉強をしておけば良かったのだが、今更そんな事をグダグダ言っても意味が無いので今、勉強をする。

本願寺の唐獅子

信長の野望と本願寺については下記のサイトに詳しく書かれていてとても参考になった。
『本願寺 と本願寺顕如(光佐) と「一向一揆」』
http://kamurai.itspy.com/nobunaga/honganzi.htm

本願寺は1250年頃に創始された仏教の宗派の1つで「南無阿弥陀仏」で有名な浄土真宗の総本山。そこから派生され戦国時代に急激に普及した「一向宗」のトップでもあった。この一向宗が戦国時代に「一向一揆」などをおこなって独立した「仏法領(仏の治める国)」を作ろうと考えだし各地で戦国大名と争いだす。

それが後々、本願寺 vs 織田信長となり血で血を洗う抗争へと発展する。「進むは極楽、退けば地獄」と死をも恐れない僧兵軍団は信長と言えども簡単に倒せる相手では無く、一時は織田軍を退ける。しかし、信長は諦めず各地の僧兵軍団を個別に撃破して行く。その中でとばっちりを食らったのは世界遺産に登録されている「比叡山・延暦寺」。延暦寺は一向宗とは直接関わりのない別の僧兵集団だったのだが信長に従おうとはしなかった為に皆殺しにされる。

抗争は更に激化し、信長は門徒を女子供を含め全て皆殺しにしていき、その数は10万人とも言われ、遂には「第六天魔王」 と呼ばれるようになる。

そして1570年、戦国時代最大の宗教的武装勢力と言われた本願寺は石山合戦にて織田信長に敗北する。

これで長年の謎だったKOEIの『信長の野望』になぜ本願寺があるのかがわかった。

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公開日: : 最終更新日:2014/09/22 世界遺産 日本の世界遺産

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