カイロ歴史地区 | エジプトの世界遺産
時はさかのぼり、2016年の1月。
俺たちは、エジプトの首都カイロにいた。
エジプトの世界遺産と言えば、ピラミッドをはじめとする古代文明の遺跡が有名だが、長い年月を掛けて発展してきたこのアフリカ大陸最大の都市カイロには、タイムカプセルのように様々な文明のかけらが詰め込まれている。ただし、建物は、あまり修復がされていないのでボロボロ、路地にはゴミが散乱しており、まるでカオス。そんな場所に沢山の人々の生活が入り交じり、なんとも言え無い世界が広がっている。
それがエジプトだ。
ちなみに、エジプトでもっとも有名な世界遺産であるギザのピラミッドは、カイロの隣町であるギザ市にあり、電車やバスなどで気軽に行くことが出来る。
カイロ歴史地区
Histric Cairo
1979年、世界文化遺産に登録 / (i)(v)(vi)
アフリカ最大の都市で、イスラム圏最大の都市であるカイロは、世界最長河川、ナイル川流域に発展した。古代エジプト王朝、ギリシャ・ローマ帝国、キリスト教、イスラム教などの文化が混在する。旧市街やオールド・カイロを含むナイル川東岸約8km×4kmの区域がユネスコの世界遺産として登録されている。
ユネスコの世界遺産に登録された当初は『Islamic Cairo(イスラム都市カイロ)』だったが2007年に現在の名称である『Histric Cairo(カイロ歴史地区)』に変更された。
オールドカイロ
オールドカイロは、カイロ発祥の地でローマ時代からの歴史がある。この町には原始のキリスト教の流れをくむと言われる一派のコプト教徒がかなりいる。古代エジプト語を源流とするコプト語を守ってきたコプと教徒の人々は、現在ではエジプトの総人口の約1割にあたる300万人〜400万人いると推測されている。
聖ジョージ教会
Greek Orthodox Church of St. George
地下鉄、マル・ギルギス駅を降りてすぐの場所にあるオールドカイロの見所である聖ジョージ教会は10世紀に再建された。ユネスコの世界遺産にも登録されている。
ムアッラカ教会の入り口
つい先日(2017年4月9日)、エジプトの北部、アレクサンドリアのコプト教の教会で連続爆破テロがあり、少なくとも44人が死亡、120人以上が負傷した。また、去年の12月には、この場所かどうかはわからないが、カイロのコプト教会でテロが起き、少なくとも25人が死亡した。
俺たちがエジプトに居たのは去年(2016年)の1月だ。この頃からすでにエジプトの情勢は不安定気味で、日本ではニュースにならないけれども細かいテロは頻繁に起きており、びくびくしながら旅をしていたのを覚えている。当時、既に白人の観光客はあまり見かけず、あんまり安全じゃないなと言う事は薄々感じていた。ただ、今(当時)であればまだピラミッドを見い行けるけれども、もう少ししたら本当にヤバくなってしまってピラミッドを見に行けなくなってしまうかもしれないと思い、俺たちはエジプトへと向かった。結果的には、何も被害にあわなかったのだけれども、それはただ、運が良かっただけかもしれない。
そのせいかどうかわからないが、当時、エジプトでは道で会う人、道で会う人が俺たちを見て『ウェルカム!』、『ウェルカム!』と歓迎してくれた。俺は、今まで色々な国に行ったが、こんなに歓迎してもらった国は初めてだ。
当時、ちょっと怖いけれどエジプトに行くか、トルコに行くかで悩んでいたのだけれども時期的にトルコは寒いだろうと言う事で俺たちはエジプトへとやってきた。そんな数日後、カイロで出会ったサイトーさんからトルコのイスタンブールでテロが起きたと言う話を聞く。それも世界遺産であるブルーモスクの周辺で。日程からするともし、俺たちがトルコに行っていた場合、世界遺産ハンターとしてもっともいきそうな場所はそのブルーモスク周辺だ。
背筋がゾッとした。
そして、俺たちは何か見えない力に守られている。
そう思って大いなる何かに感謝した。
オセアニアや中南米に行った後は忘れてしまっていたけれども、俺たちがヨーロッパ、アフリカを旅していた時は、常に世界情勢に気をつけ、毎日のように行くことになりそうな国のニュースに目を光らせていた。北アフリカで言えば、行きたかったけれどもちょっと怖かったから諦めたチュニジア、今ならギリギリ間に合うだろうと思って行ったエジプト。大丈夫だろうと思っていたトルコは、今ではテロが頻発している。いくら調べた所で先の事はわからない。
結局、俺たちは、ありがたいことに運が良かったのだと言う事を思い知った。
イスラーム地区
イスラーム地区には600件以上もの建築物群がユネスコの世界遺産に登録されている。しかし、資金不足からほとんど修復がなされておらず、ボロボロの建物も沢山ある。カイロは、ファーティマ朝からマルムーク朝にかけてイスラーム世界の中心として栄えてきた。沢山のナミレット(塔)がある事から1000塔の街と呼ばれる。
俺なんかの歳の日本人だと、エジプトと言えばジョジョの第三部でDioとの決戦が行われた場所としての印象が強いと思うが、当時、荒木先生が漫画で描いていた背景のカイロのイメージは、まさにこのイスラーム地区だろう。正直、カイロの汚い街を歩いていてもジョジョを感じなかったがこのイスラーム地区の雰囲気はジョジョの3部に相応しい雰囲気だった。
ガーマ・ムハマンド・アリ
The Mosque of Muhammad Ali
1857年に完成した高台の上に建つカイロのランドマーク的な存在となっているガーマ・ムハマンド・アリは、イスタンブールのガーマを真似て造ったと言う。内装がまた見事で大きなシャンデリアがあると言うが、俺たちは行った時間が既に遅く、残念ながら内部に入る事が出来なかった。
アザブ門
スヴェーラ門
Bab Zuwayla
創建は1092年。フトゥーフ門、ナスル門と並んで現存する3つの門のうちの1つ。中世のカイロでは処刑された罪人の首がよく吊るされていたそうだ。
ガーマ・ムアイヤド・イッシェイフ
El-Muayyad Mosque
入り口の装飾が美しいガーマで、1415年に建てられた。以前は牢獄として使われていた。
カイロは千の塔の街と呼ばれるだけあって、きったねーけれども、すごい街である事には変わりない。
これなんかDioの館みたい。位置的に、全然違う場所だけど。
ちなみに俺は、結構、カイロ市内を歩き回って、Dioの館を探したり、ロードローラーの橋を特定したりと、ジョジョベラーとしての偉業を残したのだが、その記事はまた後日。
俺、個人的にはカイロの中で、1番雰囲気がある場所はこのイスラーム地区なんじゃないかなと思っている。カイロに行くことがあったらピラミッドはもちろんの事、このイスラーム地区もオススメ!
カイロでゴミ箱を漁るネコ
エジプトはネコが沢山居るので猫好きにはたまらない国だ。
ただ、せっかくゴミ箱があるんだからゴミはゴミ箱に入れようぜエジプト人。
とても人懐っこいエジプト人、子供ならなおさら。カメラを持って歩いていると俺を撮れ!俺を撮れ!とせがまれる。
確かにエジプトにはウザい奴が沢山居る。でも、基本的に人懐っこくて、大人でも、子供でも外人を見たら絡みたいだけの奴が多い。ダマそうとしてくる面倒くさい奴も多いが、明らかに良い人の方が多い。
外人が困っていたらまず、ほっておかない。
俺は、エジプトで、沢山の人にめちゃくちゃ親切にされた。
本当に、ありがたかった。
たまにめんどくさいけどね!
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