カンボジアの世界遺産アンコールワット
約10年前、タイからカンボジア、ベトナム、ラオスとまわるメコンの旅に出た際にカンボジアのアンコールワットに寄った。東南アジアを遊週するのが目的の旅だったが、やはり一番の目玉はカンボジアの世界遺産『アンコール遺跡群』。当時、アンジェリーナ・ジェリー主演の映画、トゥームレイダーなどを見てアンコールワットにかなり興味をもっていた。
バンコクからシェムリアップへの旅
俺はタイから入国し、バンコクにあるカオサンロードよりバスに乗ってアンコールワットのある町、シェムリアップを目指した。バンコクからシェムリアップまで直通のバスも出ているのだが当時は道も悪く20時間以上も掛かりそうだったので国境にあるカジノの町ポイペトに一泊する予定だった。タイからカンボジアの国境までは整備された快適なハイウェイで特に問題も無く国境の町ポイペトに辿り着く事が出来た。
カンボジアのイミグレーションを抜け、ポイペトの町で宿を探そうかと思ったのだがタイから国境を越えてすぐの町、ポイペトはまるで戦争跡地のように荒んだ町だった。今にして思えばカンボジアだから、ただボロいだけだったのかもしれないが当時、カンボジアの治安はあまり良く無く、バンコクでしばらく一緒の宿に泊まっていたO君にも散々、『カンボジアは危ないからやめたほうがいいよ、俺と一緒にラオスに行こうぜ』と言われていたのでポイペトに泊まるのを急遽やめてカンボジアの中でもっとも治安が良いとされるシェムリアップにそのまま行く事にした。
当時、カンボジアには何もなかったけれども、ただただ何もない広大な大地に沈む夕焼けだけが特別に美しかった。
カンボジアに入国後は国道とは名ばかりの舗装もされていないデコボコの細い一本道を延々と進み、合計で20時間以上。まさに秘境へと向かう旅となった。
しかし、アンコールワットに着いてみれば、日本からの直行便で来ているツアー客が沢山いて、おじいさんやおばあさん、遺跡で写メを撮っている若者で溢れ、俺のあの苦労は何だったのだと当時は少し落ち込んだ。
バンコクからアンコールワット(シェムリアップ)への行き方
現在ではカンボジア側の国道も整備されバンコクからバスで約7時間、750B(2400円位)で行けるらしい。道が整備された事によりかなり短時間で移動出来るようになったみたいだ。
また、バンコク-シェムリアップ間はエアアジアが開通して約1時間のフライトで、片道2000B前後(6000円ちょっと)で行けるようになった。
世界遺産 アンコール遺跡群
アンコールワットはカンボジア王国の淵源となったクメール王朝の首都の跡で1992年に世界文化遺産に登録。スールヤヴァルマン2世が自身の墓としてアンコール・ワットを建築。9世紀からアユタヤ王朝に滅ぼされるまで約600年間続いたクメールの王朝の首都の跡で、12世紀前半に建てられた世界最大級の石の寺院。アンコール・ワットをはじめとする大小700にも及ぶ遺跡がある。
アンコール遺跡群はもっとも有名なヒンドゥー教の遺跡のひとつで、もっとも人気のある世界遺産のひとつでもある。料金は1日券で$20、3日券で$40、1週間券で$60。
アンコールワットの内部。外は気温が高いが内部は少し涼しくて気持ちが良い。
廃墟の様なアンコールワット(廃墟だけど)。映画トゥームレーダーに出てきそうな俺のイメージしていたままのアンコールワット。
当時アンコールワットで沢山の写真を撮ったのだが今見るとあまりにも酷すぎて愕然とする。当時、最新鋭のコンパクトデジタルカメラ、ソニー製のサイバーショットシリーズのサイバーUと言う物凄く小さくて画期的なデジカメを買って行ったのだがとにかく写りが酷すぎる。俺の腕のせいもあると思うのだがカッコいい写真を撮りたいと思ってデジカメを新調していったのに期待はずれだった。アンコールワット程の被写体があったにもかかわらず、しょぼい写真しか撮れなかったので次回行く時は絶対にリベンジしたい。今であればiPhoneの方がよっぽど良い写真が撮れる。
カメラの腕によっぽどの自信があれば別だがそうでなければカメラは良い物を買った方が良い。レンズとカメラの性能の差は明らかに写真に出る。
アンコールワットの歴史
ジャヤーヴァルマン2世(802年 – 854年)によってシャイレーンドラ朝から独立し、アンコール王朝(クメール王朝)が始まる。
9世紀、クメール王朝によってヒンドゥー教のシヴァ神を祀る寺院として世界遺産『プレアヴィヒア寺院』を創建
1113年、スールヤヴァルマン2世が即位し、国内各地の敵対勢力と戦い国内を統一し、クメール美術の最高傑作、自身の墓アンコール・ワットを始めとするヒンドゥー教寺院を建築した。
1181年、チャンパに遠征していたジャヤーヴァルマン7世が帰国し、即位。
1186年、タ・プローム(僧院)を建設。(映画トゥームレイダーの撮影地で有名)
1190年、宿敵チャンパ(現在のベトナム)を降伏させ、アンコール・トム(1190-1431)を都として造成。熱心な大乗仏教の信者であった王は、都の中心にバイヨンを建設。
1191年、プリヤ・カーンなどの仏教寺院を建設。
1540年、クメール帝国の首都アンコール・トムがアユタヤ王国の手で陥落。
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